グローブを支える革の科学
革がわかれば、グラブがわかる
素材・タンナー・鞣し・型付けの科学から、ミズノ独自の皮革戦略まで——グローブを支える革の全貌。
革の種類と部位による品質差
野球グローブに使われる革の99%は牛革(カウレザー)です。しかし「牛革」と一括りに言っても、動物の年齢・性別・育成方法・部位・加工工場が異なるだけで品質と特性は大きく変わります。
| 種類 | 定義 | 特徴 | 主な用途 |
|---|---|---|---|
| ステアハイド | 生後3〜6ヶ月以内に去勢、2年以上育った雄牛 | 繊維が均一。耐久性・安定性が高い。流通量が最多 | 硬式グローブ・成人向け主流 |
| キップスキン | 生後6ヶ月〜2年の中牛(カーフと成牛の中間) | 繊維が細かく軽量。馴染みが早い。希少性が高い | プロ・上級者モデル |
| 豚革(ピッグスキン) | 豚の皮革 | 軽量で通気性が良い。コスト低め | 子供向け・軟式・内張り |
| 黒毛和牛レザー | 日本古来のDNAを受け継ぐ黒毛和種の牛革 | 軽量でもちもちとした感覚。しなやかで型くずれしにくい。高い繊維密度と伸縮性 | ハタケヤマ全硬式モデル・和牛JBグラブ |
黒毛和牛レザーの特殊性
黒毛和牛は本来食用として品種改良されてきた牛であるため、霜降りに代表される脂分の多さが特徴です。この脂分が革の「もちもち感」と軽さを生む一方で、なめしの工程で脂分を適切に残しながら強度・耐久性を維持するには高度なタンナーの技術が必要です。また一枚一枚に自然なシワや血管跡・傷(ハタケヤマでは「面様(おもよう)」と呼ぶ)が出ることがあり、これを均一性の欠如ではなく本革の証として捉えるのが和牛革の文化です。代表的な使用ブランドとして、ハタケヤマ(純国産黒毛和牛革を全硬式モデルに採用)と和牛JB(宮崎県産黒毛和牛を産地特定で使用)が挙げられます。
部位による品質差
| 部位 | 特徴 | グレード |
|---|---|---|
| 背中(バック) | 最も繊維が均一で品質安定。傷も少ない | 最高級 |
| 肩(ショルダー) | 硬めで厚みがある。型付け後の保形性が高い | 高級 |
| 腹部(ベリー) | 伸びやすく柔らかいが耐久性は低め | 廉価品に多用 |
なめしの方法と
グローブ特有の「半芯通し」
生の牛皮は腐敗するため、必ず「なめし」という化学処理が必要です。この工程がグローブの性格を最終的に左右します。タンナーの鞣し方によって革の個性はガラッと変わるため、「ステアだから硬い」「キップだから柔らかい」という先入観より、どのタンナーがどう鞣したかの方が革の性格を決定する比重が大きいのがグローブ通の共通認識です。
| 鞣し方法 | 原理 | 革の特性 | グローブへの影響 |
|---|---|---|---|
| タンニン鞣し | 植物(オーク・チェスナット等)の渋成分を使用 | 硬め。経年変化が美しい | 使い込むほど手に馴染む。「育てる」感覚が強い |
| クロム鞣し | 塩化クロムを使用した現代的手法 | 均一で柔らかい。防水性が高い | 最初から使いやすい。グローブ革の主流 |
| コンビ鞣し | タンニン+クロムの組み合わせ | 両者の長所を併せ持つ | 国産高級グローブの主流 |
「半芯通し」——革の中心部を白く残すことで、耐久性と柔軟性を両立させる、グローブレザー特有の仕上げ。
グローブレザーの鞣しにおける核心グローブレザーには一般の革製品と根本的に異なる特殊加工が施されています。革の内部まで染料を浸透させる「芯通し」を行わず、表面と少し内部までのみを染色する「半芯通し」という手法です。革の断面を見ると中心部が白っぽいままになっています。染色行為は基本的に革にダメージを与えるため、あえて中心部を未染色のままにして耐久性を保つ、グローブならではの発想です。
国内グローブ専門タンナー
グローブ用の革はどのタンナーでも生産しているわけではなく、大手メーカーの厳しい基準に応えられるのは国内でもわずか5〜6社程度とされています。従来の日本のものづくりは「どのタンナーでも均質のグラブでなければならない」という考え方でしたが、奈良県桜井市のATOMSが「皮は生き物の一部なのだから個体ごとに差があるのは当然、タンナーごとに鞣しのアプローチが違うのも当然」という哲学のもと、タンナー別でシリーズを作る業界初のコンセプトを打ち出したことで、タンナーの名前が一般にも広く知られるようになりました。
ジュテルレザー
前身は1939年(昭和14年)創業。祖父「寿朗」と父「照」の名から一文字ずつとった「寿照(ジュテル)」が社名の由来。クロム鞣しとタンニン鞣しの両方を一工場で行う関東唯一のタンナー。「傷は本革の証」を哲学に、牛が生きていた時の皮の状態をいかに維持するかを重視。グラブにすると開閉時に「ギュッギュッ」と音を立てる「鳴く革」として知られる。
寺田製革所(テラダレザー)
国内皮革四大産地の一つ、たつの市に工場を構え50年以上の歴史を持つグローブ素材専門タンナー。月産100万デシの生産力を誇り、うち70万デシは米国メーカーのフィリピン工場へ。原皮は北米産8割・国産2割。MLB選手も愛用することで国際的に知られ、「ハリ感・上質な質感・整った捕球面」が特徴。
ATOMS(アトムズ)はグローバルライン・ユース用グラブに寺田レザーを採用。一方のドメスティックラインにはフィンランド産原皮をジュテルレザーで加工した革を使用するという、タンナーごとにシリーズを分ける業界初のコンセプトを打ち出し、業界に革命をもたらしました。
ごとう製革所
国内の数少ないグローブ専門タンナーの一社。「強く、しなやかで、プレーヤーの手に馴染む」革づくりを哲学として掲げ、大手野球グローブメーカー複数社へ供給。
浦上製革所(浦上レザー)
近年プロ野球界とグローブマニア双方で急速に注目が集まるタンナー。「一見パリッと硬い印象を持つ反面、実はめちゃくちゃ柔らかい」という二面性が最大の魅力。それを好んで使うプロ野球選手が増加。「次の大流行革」候補として業界内で語られる存在。
| タンナー | 革質の特色 | 特記事項 |
|---|---|---|
| ジュテルレザー | 「鳴く革」・しなやか | クロム&タンニン両対応(関東唯一) |
| 寺田製革所 | ハリ感・整った捕球面 | MLB選手愛用・国際供給力 |
| ごとう製革所 | 強く・しなやか | 大手メーカー複数に供給 |
| 浦上製革所 | 二面性(硬さ×柔らかさ) | プロ選手に急増・次世代注目 |
ミズノの革戦略
——タンナーとの独占開発
ミズノはタンナーと独占契約を結び、コンセプトに合った革をゼロから作り込むという、世界的にも珍しい取り組みを行っています。グラブの張りに影響する繊維密度の細かい要望を、革の加工段階から直接タンナーに伝えられる体制が、他メーカーとの革質の差を生む源泉です。
ミズノプロ限定皮革シリーズとして、特長の異なる4種類の革が展開されています。天然素材であり1つとして同じものがないからこそ、「手にはめて感じてほしい。正解は自分の手だけが知っている」というのがミズノの哲学です。
【特性】軽量感寄り・へたりにくい領域。
【特性】軽量感寄り・バランス領域に分布。
【特性】重厚感・馴染み易い領域。4種の中で最も重厚感が強い。
【特性】軽量感寄り・やや馴染み易い領域。
ミズノプロ CLASSICの革革命
2024年に発売されたミズノプロ CLASSICでは、グラブの形を作る「紐通し」工程にラスト(型)という新概念を導入。岸本マイスターのグラブ製作イメージをベースにしたラストを活用することで、手作業由来の個体差を減少させながら、職人のこだわりを量産レベルで再現することに成功(特許第7407233号)。また各パーツに適した素材本来のポテンシャルを最大限に引き出すため、グラブ機能に影響がない天然のキズやシワを許容する「プロ裁断」を採用しています。
型付けの科学と革の経年変化
湯もみ型付けは1960年代に久保田スラッガーの江頭重利氏が発案した手法です。熱によって革の主成分であるコラーゲンが構造変化(ゼラチン化)し、繊維が解れて柔らかくなります。その解れた繊維の隙間に水分が入り込むことで革が伸び、さらに柔軟になります。その後乾燥させることで、グラブにつけた「関節」を革に記憶させます。
「温めた石に水をかけると蒸気が出る。すると人間の皮膚は柔らかくなる。じゃあグラブだって、水にぬれた後に乾かして蒸気で温めたら柔らかくなるんじゃないかなと考えたんです」
江頭重利氏 / 日刊スポーツ「鳥谷敬が名匠に会う」よりなお「グローブをお湯に浸けると革は元の形状(牛が生きていた時の状態)に戻ろうとする」という考え方もあり、湯もみとはメーカーが整えた立体形状を一度リセットして自分の型に染め上げる行為とも言えます。
| 手法 | 特徴 | 革へのダメージ |
|---|---|---|
| 湯もみ | お湯に浸けてコラーゲンを軟化。コシが出る。1960年代発祥 | やや大きい(熱による変性) |
| 手もみ | 水分を一切使わず職人が揉み込む。スポーツショップムサシが広めた手法として知られる | 少ない。コシが長持ちする |
| スチーム | 蒸気で温めながら形を整える | 中程度 |
グラブオイルの科学的役割
グラブオイルの役割は単なる柔軟化ではありません。革の主成分であるコラーゲン繊維は乾燥すると脆化するため、オイルが水分の蒸発を防ぐ「保湿バリア」として機能しています。塗りすぎると繊維間の摩擦が減って型崩れし、重くもなるため適量が重要です。
| オイルの種類 | 特徴 |
|---|---|
| ニーツフットオイル(牛脚油) | 浸透性が最も高いとされる伝統的素材。過剰使用で軟化しすぎるリスクあり |
| ミンクオイル | 動物性脂肪。保湿力が高く扱いやすい |
| ラノリンオイル | 羊毛由来。マイルドな浸透性 |
| スクワランオイル | サメの肝油や植物(オリーブ等)由来。高い保湿力と浸透性を持ちながらベタつきが少なく、少量でよく伸びるためグローブ全体に塗っても重たくなりにくい。革を柔らかくする効果が高い |
プロ選手の使用済みグラブを見ると、黒ずんでいる場所は決まってウェブではなく手のひら部分です。汗・皮脂・オイルが繰り返し浸透して革が酸化・変色し、その選手固有の捕球パターンが革に刻まれます。これが「育てたグローブ」の証であり、素上げ仕上げであるほどその変化が顕著に現れます。
職人と産地
日本のグローブ製造産地は奈良県三宅町を筆頭に、現在もごく少数の地域に集中しています。「どこのブランドか」より「どこの工場が作ったか」の方がグローブ品質を左右することも多く、異なるブランド名でも同一工場製造のケースは珍しくありません。なお革のタンナー産地(兵庫県たつの市・埼玉県越谷市など)とグローブ製造産地は別であり、革の供給と製造が異なる地域で分業されているのが日本のグローブ産業の構造です。
奈良県三宅町——日本グローブ産業の聖地
日本のグローブ産業の最大の発祥地は奈良県三宅町です。1902年に三宅町出身の坂下氏が大阪で美津濃運動具店(現・ミズノ)から革の裁断を依頼されたことを機にグラブを解体・研究し、1921年頃から地元で生産を開始したことが起源です。ミズノが三宅町のグラブ産業の発端にも関わっていたことになります。最盛期には三宅町だけで国内シェア6割、奈良県全体では9割を占め、1970年には輸出量587万個にまで達し、ピーク時には町内だけで120軒ほどの業者が存在しました。その後固定相場制の終了で輸出が台湾・韓国に移行し、現在では20軒ほどまで減少。1952年創業の吉川清商店が3代目を中心に5人でグラブ作りを続け、独自ブランド「bro’s(ブロズ)」も手掛けています。
坪田信義——「グラブ名人」の伝説
大阪府出身。1948年、15歳でミズノに入社。当初はバッグ類の製造に従事し、40歳でグラブ製造専任となった。1974年からポジション別グラブの開発に携わり、ポジションごとに最適化されたグラブを初めて世に送り出したことでも知られる。約60年のキャリアで担当したプロ野球選手は200人、製作したグラブは延べ2000個。王貞治・原辰徳・イチロー・松井秀喜・野茂英雄・松坂大輔・ピート・ローズ・ボビー・バレンタインなど日米のトッププレイヤーのグラブを手がけ「グラブ名人」と呼ばれた。1998年に「現代の名工」、2000年に黄綬褒章を受賞。ミズノ最高位の「グラブマイスター」の称号を持ち、2008年に退社。2022年4月3日、老衰のため享年89歳で逝去。
岸本耕作——坪田の後継者にして現役最高峰
兵庫県宍粟市波賀町出身。拠点はミズノテクニクス波賀工場(兵庫県宍粟市)。1976年のミズノ入社時よりグラブ作りに携わり、メジャーリーグ・プロ野球選手を中心に年間約200名のグラブ製作・監修を担当する。坪田氏からイチローの担当を引き継いだ際は、坪田の仕様書を基に作ったグラブ約50個の中から厳選した6個を持って米シアトルへ渡航。最初は一つも受け取ってもらえなかった苦境を乗り越えた話は業界内の伝説です。前田健太・坂本勇人・今永昇太・宮城大弥らの担当を受け持ち、2024年に厚生労働省の「卓越した技能者(現代の名工)」に認定された。ミズノプロCLASSICは岸本氏のグラブ製作イメージをベースにしたラスト(型)を活用して設計されており、氏の哲学が製品に直接反映されています。
鈴木浩——ZETTグラブ生産技術開発センター長
静岡県出身。18歳でグラブ作りの世界に入り、2014年にZETTのグラブ生産技術開発センター長に就任。藤浪晋太郎投手など多くのプロ野球選手のグラブを担当し、グラブ作りの最後の仕上げ作業はセンター長みずからの手で行うことで知られます。ZETTの最高級ライン「プロステイタスレザー」には製作者責任者として鈴木氏の刻印が刻まれています。
国産革への回帰
日本の牛の革は繊維の絡みが強く密度が濃いため、耐久性に優れています。捕手用ミットのように強い衝撃を繰り返し受けるポジションには特に国産革が向いており、「捕手用ミットには国産革」という流れが一部メーカーで進んでいます。一方で野手用グローブの多くは引き続き北米産の原皮を中心に使用しています。
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